「遅刻は悪」という刷り込みの正体
「月曜日の朝に動けないのは、あなたの生存本能だ」と言われても、「いや、でもやっぱり社会人として失格だし……」という罪悪感が消えない人も多いはず。
そのモヤモヤの正体、実はあなたが子供の頃から受けてきた「教育」にあります。
思い出してみてください。
小学校から高校までの12年間、僕たちが一番褒められたのはどんな時でしたか?
算数が満点だった時?
運動会で一等賞をとった時?
いえ、実はもっと地味な「皆勤賞」ではないでしょうか。
「雨の日も風の日も、体調が悪くても、毎日同じ時間に同じ場所へ行くこと」。
これが、日本の教育における最大の美徳とされてきました。
でも、これってよく考えると不思議ですよね。
クリエイティブな才能や、他人に優しい性格よりも、「決まった時間に椅子に座り続ける耐久力」が評価される。
これこそが、僕たちが受けてきた「従順な労働者養成プログラム」の第一歩なのです。
なぜ学校は、僕たちを「毎日同じ時間に椅子に座る人間」に育てたがったのか。
その答えは、歴史の中にあります。
近代的な学校制度が整ったのは、産業革命の後のこと。
当時の国や資本家が必要としていたのは、天才でもアーティストでもなく、「工場のラインで文句を言わずに、毎日決まった時間に同じ作業を繰り返してくれる労働者」でした。
ドイツの哲学者イマヌエル・カントは、教育について深く考察しましたが、当時の教育の目的の一つには「規律(ディシプリン)」がありました。
野放図な子供を、社会(という名の経済システム)に適合させるために、時間割という概念を叩き込んだのです。
チャイムが鳴ったら席に着く。
勝手に喋ってはいけない。
トイレに行くのにも許可がいる。
これ、工場の勤務体系や、今の会社のオフィスワークと全く同じ構造だと思いませんか?
僕たちは、6歳から18歳(大学を含めれば22歳)までの多感な時期に、「自分の体調や気分よりも、組織のタイムスケジュールを優先すること」を、骨の髄まで叩き込まれてしまったわけです。
この洗脳に従っていては幸せにはなれません。
自由なれません。
まずは意図的にこの洗脳から逃れることが必要なのです。
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